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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)7466号 判決 1972年11月30日

原告

西原武

被告

右代表者法務大臣

郡祐一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

当事者の主張

一  原告(請求原因)

1、原告は昭和四〇年二月一七日発明の名称を「滑らない舗床盤体」とする特許出願をなしたところ、特許庁長官において昭和四〇年特許出願九〇五九号として受理せられ、昭和四二年一〇月二八日付で特許庁審査官より拒絶理由通知書を以て右特許出願は特許を受けることができない旨の告知があつたので、原告は同年一二月二一日右拒絶理由通知に対して意見書および手続補正書を右審査官に提出したが、昭和四三年春に至つても何の応答も得られなかつた。

2(一)  そこで原告は昭和四三年五月初旬大阪通産局総務部技術課特許室(以下特許室という)を訪れ同室長S(以下室長という)に出願審査状況の調査方が依頼し、五月中旬に「目下審査中」なる旨の回答を得た。

(二)  更に原告は同年一一月頃右特許室におもむき、室長に前記(一)と同趣旨の申入れをしたところ、同室長は、「特許庁においては処理案件が多く事務処理が遅れているため審査中である」旨の回答をなした。ところが原告が昭和四五年七月一七日特許庁において調査したところによると、すでに特許庁審査官は昭和四三年五月二八日拒絶査定をなし、同年六月一八日特許庁長官の指定する職員をして書留郵便をもつて原告宛に右査定書謄本を発送ずみであることが判明した(もつとも原告は今に至るまで右謄本を受領していない。)から右の同年一一月頃の室長の回答は、不誠実にもなんらの調査もせず一時逃れの言辞を弄していたものというほかない。

3、大阪通産局総務部技術課特許室は特許庁長官の事務を取り扱い、Sは同所で被告の事務処理に従事していたものであるところ、前記2、(一)の事実の下にあつて原・被告間には準委任関係が発生し、これにより被告には受任した事務を処理すべき義務がある。即ち、被告は原告の出願事件の処理状況につき原告の依頼の趣旨に従つて調査して回答すべきところ、これを果さなかつた。

4、以上の次第で、原告が何回もにわたつて特許室に出頭したり、東京大阪間を調査してまわったりしたことはすべて徒労に帰したため原告は多大の精神的打撃を蒙つた。

これに対する慰藉料は金二、〇〇〇、〇〇〇円が相当であるところ、右損害は被告の特許事務を取り扱う特許室における公務員たる同室長の特許事務処理上の前記違法行為に基因するものであるから、被告は民法七一五条に基づき原告に対し右損害を賠償する責任がある。

5、よつて原告は被告に対し、右損害金二、〇〇、〇〇〇円と、これに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四六年九月一日から支払ずみまで、民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の答弁

1、請求原因1、2(一)の各事実は認める。

2、同2(二)の事実中、特許庁審査官は昭和四三年五月二八日拒絶査定をなし、同年六月一八日原告宛に右査定謄本を書留郵便で発送したとことは認めその余の事実は否認する。

3、同3、4の事実は争う。

証拠<省略>

理由

一請求原因1、2(一)の事実については当事者間に争いはない。

二請求原因2(二)につき判断する。

原告は、昭和四三年一一月頃原告が特許室に出向き、S室長に対して出願審査状況の調査を依頼したところ、既に特許庁審査官により拒絶査定がなされていたにもかかわらず、同室長は受任者としての義務に違反し、不識実にもなんらの調査をすることなく「目下審査中」なる虚偽の回答をしたと主張し、原告本人尋問においてこの主張にそう供述をする。

しかし、この供述は右事実を全面的に否定する証人Sの証言に照して、到底信用できず、他に右原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

なお原告は右拒絶査定書謄本をいまだ受領していないというのであるが、特許法一九〇条およびこれによつて準用される民事訴訟法一七二条ならびに一七三条の規定によると、「審査ニ関スル書類ヲ送達スヘキ場合ニ於テハ特許庁長官ノ指定スル職員書留郵便ニ付シテ之ヲ発送スルコトヲ得」とされ、かつ、この「規定ニ依リテ書類ヲ郵便ニ付シテ発送シタル場合ニ於テハ其ノ発送ノ時ニ於テ発送アリタルモノト看做」とされるものであり、本件の拒絶査定書謄本が「審査に関する書類」であることは明らかであり、かつ、これが右規定により書留郵便で発送されている(この点は争いがない)以上、かりに原告が右謄本を受領していないとしてもそのことは何ら送達の効果を妨げるものではない。

そして他に、Sの行為に違法と目すべきことはなんら見当らず、被告の不法行為責任を肯認すべき事情は存しない。

三よつて原告の本訴請求は、その余の主張について判断するまでもなく、理由がないこと明らかであるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (佐藤安弘)

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